デジタル化が加速する現代において、情報漏えいは企業の存続を脅かす主要なリスクとなっています。
特に金融・情報通信・IT業界においては、顧客資産や機密情報を扱う性質上、その影響は甚大であり、厳格なガバナンスと高度なセキュリティ対策が求められます。本記事では、業界特有のリスク環境を踏まえた上で、外部攻撃・内部不正・人為的ミスの3大原因に対する包括的な防止策を解説します。さらに、継続的なセキュリティ強化を実現するための「脆弱性診断の内製化」についても詳しく紹介します。
金融・情報通信・IT業界では、他の業界と比較して、情報漏えい対策が特に重要な経営課題となっています。
金融業界では、顧客の資産情報や信用情報といった機密性の高いデータを日常的に取り扱っています。万が一これらの情報が漏えいすれば、顧客の財産が直接的に脅かされるだけでなく、金融システム全体の信用が揺らぐ事態にもなりかねません。こうした背景から、FISC(公益財団法人金融情報システムセンター)の安全対策基準をはじめとする厳格な規制への準拠が求められています。
情報通信・IT業界では、自社の技術資産や顧客情報の保護が事業継続の要となります。たとえば、SaaSやパッケージソフトウェアを提供する企業にとってはソースコードが、受託開発を中心とする企業にとっては開発ノウハウや顧客情報が、それぞれ重要な保護対象です。加えて、サプライチェーンの中核を担うケースも多く、自社がサイバー攻撃の踏み台となり、取引先企業にまで被害が波及する「サプライチェーン攻撃」のリスクも高まっています。
情報漏えいが発生した場合、企業が被る被害は多方面にわたり、その影響は長期に及びます。ここでは、特に深刻な3つの被害について解説します。
個人情報保護法の改正やサイバーセキュリティ関連法規の整備により、ペナルティは年々厳格化しています。東京商工リサーチの調査によれば、2024年の個人情報漏えい・紛失事故は過去最多の189件を記録。情報漏えいが発生した場合、被害者への損害賠償、行政機関からの制裁金、システム復旧費用、顧客離れによる売上減少など、企業経営を揺るがす規模の損失が発生します。
※出典:「上場企業の個人情報漏えい・紛失事故」調査(2024年)東京商工リサーチ TSRデータインサイト
「セキュリティが甘い企業」というレッテルは、長年築き上げてきたブランドへの信頼を一瞬にして崩壊させます。特に信頼が重視される金融・情報通信・IT業界では、顧客離れによる収益減は致命的です。
ランサムウェア攻撃などによりシステムが停止すれば、業務が完全にストップし、復旧までの期間、莫大な機会損失が発生します。
効果的な対策を講じるためには、情報漏えいの主な原因を理解し、それぞれに対して適切な対策を打つ必要があります。
外部からの悪意ある攻撃は、年々高度化・巧妙化しています。
近年、セキュリティが堅牢な大企業を直接狙うのではなく、セキュリティ対策が手 薄な子会社や委託先を踏み台にして侵入する攻撃や、正規のソフトウェアやライブラリに悪意あるコードを混入させる攻撃など、サプライチェーン攻撃が急増しています。自社だけでなく、委託先に対するセキュリティ状況の確認(セキュリティチェックシートの提出や第三者認証の取得要請など)や契約時のセキュリティ要件定義やSLA(サービスレベル契約)の見直しが必須です。
信頼していた従業員や関係者による不正行為も、深刻な脅威です。
金融機関や情報通信・IT企業では、システムメンテナンスのために強力な権限を持つ「特権ID」を利用する機会が多くあります。この特権IDの管理不備(使い回しや申請なしの利用)が最大のリスクです。また、本番環境だけでなく、「開発環境なら大丈夫」という油断から、テストデータとしてコピーされた本番データが漏えいするケースも後を絶ちません。
悪意がなくても、うっかりミスによって重大な漏えいが発生します。
クラウド利用が前提となる情報通信・IT業界では、AWSやAzureなどの設定ミス(ストレージバケットの公開設定放置やアクセス権限の誤設定)による漏えいが多発しています。コードでインフラを管理する(IaC)組織では、設定ミスもコードレビューで防ぐしくみや、設定診断ツール(CSPM)の導入が求められます。
監修:増井さん
上記で書かれている対策はあくまでも例であり、一朝一夕にできるものではありません。大切なのは現状に満足することなく、継続的に見直して改善を続けること、そしてそれを組織として根付かせることです。
脆弱性とは、OS、ミドルウェア、アプリケーションなどのソフトウェアだけでなく、ネットワーク機器の設定不備、クラウドサービスの誤設定、業務プロセスの不備など、システム全体に存在するセキュリティ上の弱点・欠陥です。攻撃者はこの欠陥を突いてシステムに侵入します。特に、修正プログラムが公開される前に攻撃が行われる「ゼロデイ攻撃」への対策は困難ですが、既知の脆弱性への対応を徹底することで攻撃リスクを大幅に軽減できます。そのため、日頃からの脆弱性管理が極めて重要です。
かつては、年に1回程度、外部の専門業者に脆弱性診断を依頼するのが一般的でした。最低限の基準としては現在でも年1回の診断が推奨されていますが、変化の速い現代の開発環境においては、この頻度だけでは十分とはいえなくなっています。
開発サイクルの高速化:アジャイル開発やDevOpsの普及により、アプリケーションのリリース頻度は週単位、あるいは日単位になっています。年1回の診断では、リリースのたびに生まれる新たな脆弱性を放置することになります。
新たな脆弱性の発見スピード:世界中で毎日新たな脆弱性が発見されています。診断の空白期間に深刻な脆弱性が公開されれば、即座に攻撃の対象となります。
こうした課題を解決するために注目されているのが、脆弱性診断の内製化です。
金融機関では、FISC安全対策基準やPCI DSS(Payment Card Industry Data Security Standard)などの厳格な基準への準拠が求められます。内製化により、「いつ、誰が、どのシステムを診断し、どう対処したか」という監査証跡を自社でコントロールできるようになります。
機能リリースを急ぐIT企業にとって、リリース直前の診断で重大な脆弱性が見つかり、リリース延期となるのは最大の損失です。開発・運用・セキュリティを統合する「DevSecOps」の考え方を取り入れ、開発プロセスの各段階にセキュリティ検証を組み込むことで、リリース直前の手戻りを防ぎ、開発スピードと品質を両立させることができます。
技術的な対策だけでは不十分です。組織全体でセキュリティに取り組む体制が必要です。
自社のビジネス環境やリスクに合わせて、セキュリティポリシーを策定します。金融業界であればFISCガイドライン、情報通信・IT業界であればISO27001などの国際規格を参考にします。重要なのは「作って終わり」にせず、定期的に見直し、形骸化を防ぐことです。
単にポリシーを作るだけでなく、FISC安全対策基準(金融)やISMAP/SOC2(クラウド・IT)といった業界標準や第三者認証への準拠を意識した策定が不可欠です。これらは法令遵守(コンプライアンス)だけでなく、顧客からの信頼を獲得し、ビジネスを継続するための「パスポート」となります。
万が一インシデントが発生した際に、迅速に対応するための専門チーム「CSIRT(Computer Security Incident Response Team)」を構築します。平常時からインシデント対応訓練や演習を行い、有事の際の指揮命令系統や対応手順を確認しておくことが重要です。
全従業員を対象とした定期的なセキュリティ研修を実施します。特に、標的型メール訓練は、従業員の実践的な対応力を高めるのに有効です。「怪しいメールは開かない」「パスワードを使い回さない」といった基本的なルールの徹底を繰り返します。
デジタルデータだけでなく、物理的なセキュリティも忘れてはなりません。
オフィスへの不審者の侵入を防ぐため、ICカードや生体認証による入退室管理システムを導入します。また、サーバールームなどの重要区画には、監視カメラを設置し、入退室ログを記録します。
金融機関では、重要情報を取り扱うエリアを物理的に区画する「ゾーニング」を徹底し、入退室ログを厳密に管理します。情報通信・IT企業においても、サーバールームへのアクセス制限はもちろん、シェアオフィスやリモートワーク環境(自宅)における覗き見防止(ショルダーハッキング対策)など、働く場所に応じた物理対策が求められます。
ノートPCやスマートフォンなどのモバイルデバイスは、盗難・紛失のリスクが高いです。モバイルデバイス管理(MDM)ツールを導入し、紛失時には遠隔でデータを消去(リモートワイプ)できるしくみを整えます。また、ハードディスクの暗号化も必須です。
監修:増井さん
技術的対策と組織的対策、物理的対策のいずれが欠けてもセキュリティ上の問題が発生します。それぞれが対策できるリスクを知り、その対策によってどの程度保護されるのかを理解し、バランスよく対策を実施しましょう。
リソースが限られる段階では、まず基本的な対策を着実に実施し、事業の成長に合わせて段階的に強化していくことが現実的です。
FinTechやSaaSを提供する企業では、サービス設計の初期段階からセキュリティを組み込む「Security by Design」のアプローチが欠かせません。たとえば、設計レビューへのセキュリティ専門家の参加、脅威モデリングの実施、セキュアコーディング基準の策定、開発段階からの脆弱性診断の組み込みといった取り組みが有効です。
守るべき資産が増え、攻撃対象となるリスクも高まるため、より高度な対策が必要です。特に、サプライチェーン全体のリスク管理や、経済安全保障の観点も重要になります。
具体的には、ゼロトラストセキュリティモデルの導入、SOC(Security Operation Center)による24時間365日の監視体制の構築、脆弱性診断の内製化と自動化による継続的なリスク管理、そしてサプライチェーン全体のセキュリティガバナンス強化などが挙げられます。
A: 適切なセキュリティ予算の比率は、業界や企業規模、取り扱う情報の重要度によって大きく異なります。
まずはリスクアセスメントを行い、自社が直面する脅威の深刻度や発生確率、対策にかかるコストと効果を評価した上で、優先順位をつけて予算配分することをお勧めします。金融業界など機密情報を多く扱う業界では、相対的に高い比率の投資が必要になる傾向があります。
A: 脆弱性診断には、自動化ツールを用いた診断と、専門家による手動診断があります。
内製化で主に活用するのは自動診断ツールで、以前は高度な専門知識が必要でしたが、現在は使いやすいツールが登場しており、ハードルは下がっています。ベンダーの導入支援サービスを活用すれば、専門家が不在でも段階的に内製化を進めることが可能です。
A: はい、必須といえます。FISC安全対策基準や金融庁の監督指針では、定期的な脆弱性評価やリスク分析が求められています。重要なのは、診断を実施するだけでなく、診断結果に基づいた改修プロセス(PDCA)が適切に機能していることを監査等で客観的に示すことです。
内製化ツールを活用する場合でも、診断実施の記録、検出された脆弱性への対応履歴、リスク評価の根拠などを体系的に管理・保管することで、監査要件に対応できます。場合によっては、内製診断と外部専門家による診断を組み合わせることで、監査対応の確実性を高めることも有効です。
A. 「サプライチェーン攻撃」のリスクが高まる中、委託先任せにするのは危険です。委託契約にセキュリティ要件(定期的な診断の実施と報告など)を盛り込むことが基本です。さらに、経済産業省が2025年に「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度」の中間取りまとめを公表するなど、サプライチェーン全体で統一された基準によるセキュリティ評価のしくみ作りが進められています。
※出典:
経済産業省「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度構築に向けた中間取りまとめ」(2025年4月)
監修:増井さん
実施する対策について、他社の事例を知りたいという担当者は多いものです。しかし、事業の規模や内容、守るべきものが異なる以上、実施すべき対策は組織によって異なります。自社に合った対策を検討するようにしてください。
金融・情報通信・IT業界における情報漏えい対策は、単なるコストではなく、企業の信頼と競争力を守るための投資です。外部攻撃、内部不正、人為的ミスという3つの脅威に対し、技術的・組織的・物理的な対策をバランスよく講じることが求められます。
特に、変化の激しい現代においては、一度きりの対策ではなく、継続的にリスクを評価し改善し続ける姿勢が不可欠です。そのための有効な手段として、「脆弱性診断の内製化」を検討してみてはいかがでしょうか。
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